「いらっしゃいませ!ようこそ、洋食のうまやへ!」
スペシャルウィークとオグリキャップが働いている「洋食のうまや」は馬の絵が描かれた看板が目印。
一見、日本のどこにでもある普通の食堂だが、7日に一度"特別営業"であるドヨウの日になると、異世界のあらゆる場所に扉がつながる。
扉を通じて、今日も様々な"向こうの世界"の客がやってきて絶品の料理に舌つづみを打ち、帰っていく。
【 Episode 1 ~メロンパフェ~ 】
「店長、今日も一日よろしくお願いします!」
「おう、スペちゃん。よろしくな。もうすぐ今日の賄い出来るから、それまでにホールの掃除を頼むよ」
「わぁ!ありがとうございます!早速掃除してきますね!」
週に一度、異世界に繋がる扉から色々なお客が来店するこの「洋食のうまや」は、店員にも異世界人を雇っている。
最初は客として足を運んでいたが、うちの味に惚れ込んでアルバイトを志願したスペシャルウィーク。
「おつかれさま、店長。今来た」
「おう、オグリちゃん。今日もよろしく。スペちゃんと掃除を済ませちゃってくれ。その後一緒に賄いを食べよう」
「わかった。賄い、感謝する」
今来たばかりのこの子はオグリキャップ。なりゆきで向こうのお客さんに紹介され雇ったのだが、賄いを給料代わりに働いて貰っている。どうやら向こうの学食で入場制限にかけられ、週に一度ウチで賄いを食べる事を条件に納得して働いているようだ。
異世界ではどうなっているのかわからないが、こっちの労基に密告されたら一発でアウトな労働条件だ。しかし、彼女の食べる量を知ればそんな事は出来ないだろう。
スペと合わせると信じられない量の賄いになるので、正直言うとなかなかに出費が大きい。しかし、二人の食べてる表情が幸せに満ちているので、料理人としての自尊心は満たしてくれる。
賄いを食べ終わり、今日の日替りメニューの周知やオペレーションの打ち合わせを終え、扉が開くのを待つ。そして…
「なんなんですの?この扉…って、ここ…飲食店…かしら?」
本日一人目のお客さんは、初めて見る顔だった。紫の髪に紫紺の瞳。とても可愛らしいネグリジェを着ているが、今はウマ時。寝起きだとしたら少しお寝坊さんをしたのだろう。
「いらっしゃいませ!洋食のうまやへようこそ!あっ!マックイーンさん!」
「スペシャルウィークさん!?それに、オグリキャップさんまで!?よ、洋食ですか…私、ご飯は先程食べてしまいましたので…」
どうやら皆が顔見知りのようだ。
ご飯は食べた発言から困惑した顔をしながらも何故か席に座るこの子は、異世界では国民的競技となっている徒競走レースの主役である「ウマ娘」と呼ばれる種族の女の子だ。
ウマ娘とは、こちらの世界の競走馬の名前を冠した、足の速いウマ耳と尻尾が生えた女の子の事だ。毎回名前を聞くたびに、とんでもない名馬の名前が出てくるので驚かされる。競馬ファンがこの店の事を知ったらどう思うのだろうか。
「あ、もしかして超回復の為のお昼寝前だったんですか?最近ハードなトレーニングばかりですもんね」
「そうなんですの。この後も夕方からトラックを走りますので…それにしても、ここは?」
どうやらお寝坊さんではなかったらしい。アスリートも体づくりの為に色々とやっていて大変だなと考えていると、オグリが彼女の疑問に答えた。
「ここは"洋食のうまや"という。ご飯が美味しい、とても良いところだ…」
「オグリさん、それだけじゃわからないですよ…え~、何を言ってるかわからないと思いますが、ここは異世界の飲食店なんです。週に一度だけ入口の扉が私達の世界と繋がるんですが、今日はマックイーンさんの部屋に現れたんですね」
「い、異世界ですか…よくわかりませんが、急に目の前に扉が現れた事を考えると飲み込むしかありませんわね…」
「まぁ、そういう事だ。お前も何か飲み込むと良い。ここの料理は最高だぞ…」
「私達、飲み込むの認識が何一つ分かり合えていないですわ…しかし、食べたいのは山々ですがご飯は先程」
「マックイーンさん!ここはスイーツも最高なんです!」
「!?」
スイーツと聞いた瞬間、彼女の目が三白眼になった。スイーツってそんな表情にさせる言葉だったろうか。
「そ、そうですか…しかし、今は食事量をしっかり管理しなくてはいけない時期。今日のところはお暇を」
「ここのメロンパフェは最高だ。ただの赤肉メロンでなく、しっかりと蜂蜜に漬けてからの物を使用していてな…」
「うぐぅ…!?」
さっきまで上品な話し方をしていた子から出たとは思えない声が聞こえた。
よく見ると血が出るんじゃないかと思える勢いで唇を噛んでいる。あ、血が出た。スペが渡したおしぼりで拭き取っているが、そんなにまでなる程にストイックなアスリートなのだろう。これは提供しない方が彼女の為かな。それとオグリ、お前もヨダレを拭きなさい。
「お前達、彼女の為を思ったら出さない方が」
「仕方ありませんわね…おひとつ、いただきましょう」
全然ストイックじゃなかった。なんか頬が赤みがかってるし。
「まぁ…お客さんがそう言うならお出ししますが、本当に大丈夫なんですか?」
「ご心配なく。今日は一足早いチートデイ、という事で…」
「………そういう事でしたらわかりました。少々お待ちください」
チートデイってスケジュールを守ってこそのもんなんだよなぁ…と思いつつも、これ以上は無粋かと考え直し調理にかかる。
メロンパフェと言っても、あくまでうちは洋食屋。喫茶店で出るようなパフェグラスに入れたものではなく、皿に盛り付けるスタイルだ。その為、まずはクラッシュアイスを皿に乗せて冷やすところから始める。
今回のようにお客さんが少ない中調理をしているとスペとオグリが調理の様子を覗きにくるのだが、今日も例に漏れずお腹を鳴らしながら見にきていた。お前らさっき賄い食べたばかりだろ…
そうこうしている内に料理が完成したので、スペに配膳をお願いする。
彼女に任せると、正直転ばないか危なっかしくて少し不安になる。オグリはオグリで配膳中につまみ食いしないか少し不安になる。あれ、なんで俺はこの二人を雇っているんだろう…
「お待たせしました、マックイーンさん!こちら、メロンパフェになります」
「まぁ!見栄えが素晴らしいパフェですわね!……コホン、それでは頂きますわ」
いや、その取り繕いもう遅いから。入店からコロコロ表情変わってるし、ギャグ寄りの人ってバレちゃってるからね。多分向こうでもイジられたりしてるんだろうな。
「まずはメロンから………!?こ、これは素晴らしいですわ!蜂蜜に漬けたメロンがこんなにも美味しいなんて、初めて知りました!」
「そうだろう、うちのメロンパフェは最高なんだ」
オグリが腕を組み目を閉じながら頷いている。うちの味を誇ってくれるのは嬉しいんだが、ヨダレを拭いて欲しい。
「仰る通りですわね…あら、このクリーム、淡く黄色がかってますが少し赤が差し込んでますね。どんな味なのかしら……!これは、安納芋ですわね!しかし、後から香ってくるこのスパイスは…シナモンはわかるのですが他に何が?」
「おぉ、素晴らしい舌をお持ちですね。そのクリームは濾した安納芋とシナモンに粉末状にしたレッドペッパーを加えたペーストを生クリームに混ぜ合わせたものです」
「この少し舌を痺らせていたのはレッドペッパーでしたのね!コクのある生クリームの甘味とまろやかな安納芋の甘味、それだけでは少ししつこくなりそうなところにシナモンの香りで味を締め付け、レッドペッパーの爽快さでまとめあげる…まさに、四味一体となったこのクリームはさしずめ均整の取れた室内楽のようですわ!」
グルメ漫画のごとく唐突に大声でリアクション取り出したし、やっぱりこの子ギャグ寄りの人だったか…
「ご賞賛ありがとうございます」
「いえ…最初は食事制限の事もあるので不安でしたが、今では瑣事に思えますわ」
いや、それは瑣事にしちゃダメでしょと思ったが、口には出さない。
「次は、アイスクリームを……!?見た目はバニラアイスですが、味わいが全く違いますわ!このコクに加えて、かすかな清涼感は…バターとカマンベールチーズに、ミント?バターもカマンベールもわかりますが、白色のアイスにミントの香りは一体…?」
「それは、ハッカ油を使ってるんです」
「ハッカ油、ですか?しかしあれは防虫などに使うものだと以前耳にしましたが、食べても大丈夫なのですか?」
「ええ、最近では使うところも増えてきているみたいです。もちろん量を間違えたら良くありませんが、少量でしたらエッセンスとして使えるんですよ」
「まぁ、そうなのですね!それと、乳製品だけではこの独特なコクは出ませんわ。何度も質問で申し訳ありませんが、ご教授願えます?」
「あぁ、それは豆腐です」
「豆腐ですって!?まぁ、それではこのアイスクリーム、これだけ美味しいのに植物性…つまりは野菜だからカロリーが、0…!?」
「いや、その理論はおかしい」
テンションが上がって少し混乱しているようなので思わずツッコミを入れてしまった。
豆腐は意外とスイーツとの相性が良いのだ。彼女のように節制を気にする子にはありがたい食の流用だと思う。ちなみに大豆は野菜じゃなくて穀物ね。
「はぁ、アイスクリームとクリームの相性も素晴らしいですわ。それにしても、横に添えてあるクラッシュアイスは冷やす為にあるのはわかりますが、余りにも青色が強いので先程から気になっていました…これは食べても大丈夫なのでしょうか?」
「えぇ、アイスやクリームとも相性が良いですよ」
「なるほど、これも何か意向が凝らしているのですね。それでは頂きましょう……!?」
クラッシュアイスを口に含んだ瞬間、彼女の目に星が煌めいた。
「花のような香りが口の中に広がりましたわ!しぇ、シェフ、この氷は一体なんですの!?」
「それはバタフライピーと呼ばれるタイが原産の花をお茶にした、バタフライピーティーを濃いめに煎れて凍らしたものです。眼精疲労にも効果があると言われているので、これからお昼寝をするのであれば効果的かもしれませんね」
「まぁ、なんて素晴らしいのでしょう!クリームの黄色とメロンの赤肉に差し色で青のクラッシュアイス。見栄えのバランスもさながら、このバタフライピーの香りが甘味に慣れた口の中をリセットし、花の香りと相まって二口目のクリームやアイスの味わいも和声の如く幾重にも変えていきますわ!このお皿は室内楽の規模ではなく、まさにオーケストラのホールでしたのね!」
「あのぉ、マックイーンさん…私、そのパフェ食べた事なくて…ひ、一口貰えたりとか」
「あげませんわ!!!」
「ひぃ!」
スペがものすごい勢いで拒否された。そんなに怒らなくてもいいじゃないかと思いつつも、仕事中に客の食べてるものを貰おうとしたスペも相当なので黙って見過ごした。
その後、上品な仕草にも関わらずものすごい勢いでパフェを完食したマックイーン。
「あなたをメジロ家の専属シェフとして雇いたいのですが、さすがに異世界の方を呼びつける事はできませんものね…」
帰り際、そんな事を少し悲しげな顔でつぶやいて彼女は去っていったが、パフェ一つで人を雇おうだなんて経済感覚が狂っているなと思ったのは声に出さなかった。
「それではマックイーンさん、また向こうで会いましょう!ありがとうございました~!」
「また食堂で会おう」
「ええ、こちらもご相伴に預かりました。それではお暇させて頂きます」
扉に消えていく彼女の顔は満足そうであった。これこそが飲食店を切り盛りする醍醐味といったところだ。
「それで、店長。私もあのメロンパフェ、次の賄いにお願いしたいのですが…」
「あれは原価が高いから、ちょっと厳しいかな」
「えぇ~!?でも、オグリさんは食べたって言ってましたよ!?」
「あれは自費で食べたんだ。本当に美味しかった…」
「うぅ~、まるで私がタダで食べようとしたダメなウマ娘みたいじゃないですかぁ~…」
「いや、そこまでは思ってないんだけど…それじゃあこの後の賄い時に出してやるが、一回だけだぞ」
「えぇ!?いいんですか!?よぉ~し!その分お仕事頑張ります!」
「店長、私も…」
「わかった、二人とも一皿だけだからな!」
「ありがとうございます!」
「感謝する」
スイーツを連呼する独特な掛け声を上げながら、マックイーンのいた席を片付けていく二人。
俺はそんな二人の背中を見ながら、次のお客さんを待つのだった。
【洋食のうまや】
一見、日本のどこにでもある普通の食堂だが、7日に一度"特別営業"であるドヨウの日になると、異世界のあらゆる場所に扉がつながる。
扉を通じて、今日も様々な"向こうの世界"の客がやってきて絶品の料理に舌つづみを打ち、帰っていく。
LIL YOPPY / umajuke2