アグネスデジタル。
俺が担当するウマ娘の名前である。
彼女は芝もダートも適性が高く、マイルも中距離もイケる正にオールラウンダー。
ここだけを切り取れば理想像とも言える高スペックなウマ娘だが、神が与える天秤とは大体が傾いているものである。
「ふぉ〜!!???こここ、これはファル子さんのG1レースチケットでは!!!???!!?」
「そうだ。最近このレースが気になってトレーニングに身が入ってなかったみたいだからな。これでモチベーションを高めてくれ」
「あぁ………同志よ……………( ˘ω˘ )スヤァ」
「え、チケットの段階で気絶すんの?当日がメチャクチャ不安になってきたんだけど…」
とりあえず倒れたデジタルをトレーナー室のソファーへ運ぶ。小柄とは言え完全に脱力したウマ娘重っ…
そう、彼女はウマ娘でありながら極度のウマ娘ヲタなのである。その愛はもはや異常とも言えるレベルだ。
推しウマ娘のレースは笠松だろうと函館だろうと全通が基本。
グッズは全買いも基本だし、SNSのチェックも隈無くしている。
それだけならまだ理解の範疇だが、学園内ではウマ娘同士の"じゃれあい"を覗き見しては妄想を広げ、刺激がピークに達したらガチの気絶をする。しかも広げた妄想を同人誌にして布教までしている有様だ。
つまり、一言で言うなら変態なのだ。
そんな変態だが常識はしっかりと持っているし、何よりレースの才能に関しては生え抜きのトレセン学園内で指折りのものを持っている。自分では【どこにでもいる平凡なウマ娘】と自称しているがとんでもない。
俺はそんな彼女に惹かれ、自分からトレーナーをやらせてくれと頼み込んだ次第だ。
「う〜ん………しゅき……………はっ!?知らない天井!?」
「テンプレ乙」
「あ、トレーナーさん。おはようございます」
「早めの目覚めで良かったよ。それじゃあ今日のトレーニングは課題だったフィジカルの強化からだ。今からウェイトルームへ向かうぞ」
「へへっ、いつもお恥ずかしいところを見せてしまい申し訳ありませぬ〜」
「まぁ、俺もいきなり刺激が強いものを見せてしまったからな。今後は気をつけるよ」
そう言いながら先程見せたチケットをヒラヒラ振ると「すまんがそのチケットを…しまってくれんか……アタシには強すぎる…」と言いながら手の平で目を隠していた。
そして目当てのレース当日。
【JBCクラシック 大井 ダート 2000M】
デジタルの推しであるスマートファルコンが今日走るG1レースだ。
ただでさえ体力を消耗するダートでありながら、2000メートルの中距離である難度の高いレースだ。このレースを選ぶところから、彼女のダートへ対する熱量が感じられる。
「今日のレースは前回G1の帝王賞での雪辱を晴らすための大一番!あの時は6着で終わってしまいウイニングライブは逃しましたが、今回こそセンターを勝ち取れると信じて応援しましょう!同志よ!」
「テンション高いな。まぁ最推しの雪辱戦となれば熱くなるか」
「そりゃあもう!レース後はグッズ購入に加えてSNSでの勝鬨を上げたりと大忙しになりますよ!」
「そうだな、まぁ無理はしないようにしろよ?」
「アイアイサー!」
敬礼のポーズで返してくる彼女の頬には朱色が広がり、今日のレースへの期待値が伺える。
それもその筈。前回のG3レース【日本テレビ盃】では惜しくも3着で終わったのだが、自分の得意である逃げの走りが出来なかったのにも関わらずの好成績だった為、仕上がりは良い状態と言えるだろう。
「今日の彼女に課題があるとしたらスタートが上手く切れるかといったところだが、大外ゲートからの出走だからポジショニングも重要となってくるレースだな」
「お、さすがトレーナーさん。目の付け所がシャープでありますなぁ〜」
「おいおい、褒めても焼きそばくらいしか出てこないぞ?」
「いえいえ、グッズで散財する身。ありがたくご相伴させて頂きます〜」
そんなこんなで出店の焼きそばやジュースを買ってどんどんお祭り気分になっていく。普段はレースを研究として見ていたが、デジタルとレース観戦するようになってから柔らかい楽しみ方ができているので、彼女とレースに来る事は俺にとっても良い刺激になる。
そして、とうとうその時は来た。
『8枠13番、スマートファルコンの入場です!』
「ふぉ〜ッッ!!ファル子さぁ〜ん!!!しゅきっ!しゅきですぅ〜!!あ"ぁ"〜ご尊顔が美し過ぎるぅ〜!!!!!脳がぁ"〜〜ッ!!!!!…………ヴッ」
「おい、気絶するな!レースはこれからだぞ!」
「………はっ!あまりの尊さにカメムシみたいになっちゃいました…」
「自分の悪臭で気絶するんだっけ?わかりづらいわ」
レースが始まる前になんとか目覚めてくれたが、本当にヒヤヒヤさせられるな…
『枠入りが進みまして最後は13番スマートファルコン。ゲートに収まりました…準備完了!』
出走ウマ娘全員がゲート内に収まり、すぐにゲートの開く音が鳴り響いた。
飛び出しは全員が好スタートを切ったが肝心のスマートファルコンは…
「おお!大外から一気に内ラチにつけて先頭へ抜け出した!」
「やったぁ〜!!これはファル子さん勝つる!!!」
「うお〜マジか、内ラチ攻めてあのスピード…コーナリングの精度がエグいぞ…!」
「あれぞ正に弧線のプロフェッサー!!砂を駆けるはハヤブサのごとし!!!カッコいい上に可愛い!!!!!無敵!!!!!!」
デジタルが半分白目を剥きながら応援してるが、なんとか現世にしがみついている。なんでベクトルの違う闘いが隣で起きてるんだろうかと不安に駆られるが、スマートファルコンの鋭い走りが俺の意識を持っていく。
『先頭は13番スマートファルコン!先頭リードが広がってくる!4バ身、5バ身のリード!先頭スマートファルコン残り200を迎えます!完全に先頭はスマートファルコンだ!悲願のG1制覇に向けて、スマートファルコン逃げ切ってゴールイン!』
「うおぉー!!強ぇーーッ!!!」
「ふおおぉぉぉッッ!!!??見ましたかッ!!!????7バ身差ですよ!!!??圧倒的じゃないですかァ〜ッッ!!!!!」
息を切らしながらも笑顔で観客に手を振る彼女は、正に「砂のハヤブサ」の名前が相応わしいだろう。尋常じゃないレースだった。その証拠に、隣ではデジタルが無事に燃え尽きている…
その後目覚めたデジタルはグッズ購入へ向かい、戻ってきた頃にはウイニングライブの時間となっていた。
「今日のライブ曲はなんだろうな」
「SNSでは『まさに宇宙クラスのアイドルソング』と言っていました!」
「へぇ〜、それは楽しみだな」
デジタルと歓談していたところでライトアップされた会場が一気に暗くなり、ポツポツとペンライトの光が灯り出す。
会場がおもむろに光で包まれ始めるとスポットライトがステージのセンターを照らし、今日の勝者が佇んでいる事によりウイニングライブの開幕が切って落とされたのだと全員が認識させられた。
『抱きしめて!銀河の!はちぇまれ〜!』
あ、出だしから噛んだ。
個人的には可愛いミスだし問題無いかとは思ったが、他の客のリアクションが気になってふと周りを見渡すと、初めてファル子を見たと思われる観客が「誰だ、あの娘は…」と言いながら困惑していた。
そんなところへデジタルが食い気味に話しかけていた。
「ご存知、ないのですか!?彼女こそダートからチャンスをつかみ、スターの座を駆け上がっている、超時空ウマ娘、ファル子さんです!」
「布教したいんだろうけどご迷惑だからやめておけ」
とりあえず止めに入り、観客へ謝罪をしてそのまま元の場所へデジタルを連れて行く。
その後はいつもの調子でヨダレを垂らしながらペンライトを振るデジタルの隣でハンカチを出したり一緒に大声で応援したりと楽しい時間を過ごし、帰路についた。
「はぁ〜………幸せでしゅ………………」
「センターのスマートファルコンが見れたし、今日は感無量といったところだな。喜んで貰えたようで良かったよ。これで明日からのトレーニングも捗るな」
「はい〜。あたしもファル子さんを見習ってダートを練習しようかと思います。今日は最高に刺激を……お………お……………」
「どうした、デジタル?」
白目を向いて思考停止しているデジタルが指差す方向を見ると、なんと今日の勝者であるスマートファルコンがいた。
「えへへっ、いつもファル子のこと、応援してくれてありがとう☆」
「ファーッ!?ファ、ファ、ファル子さん!?なんで、突然あたしの目の前に〜!?」
「いつもライブ来てくれて、たくさん盛り上げてくれてありがとう☆デジタルちゃんはいつも、ライブ参加者のみんなが楽しめるようにしてくれてるよねっ♪だからずっと、直接お礼を言いたかったの!」
「ハァ...ハァ.....まって、ダメ、しんどい……もう無理……耐えられないよ……しゅき……( ˘ω˘ )」
「デジタルちゃん!?しっかり〜!!」
気絶したデジタルに困惑するスマートファルコンにいつもの事だから問題ないと伝え、意識の無いヲタ娘を背中に乗せた。今日こそはまともに帰れると思ったが、最後にとんでもない爆弾が降ってきたな…
しかし、背中に乗せたこの小さな体が、いつか今日のような熱いレースを沢山繰り広げてくれると俺は信じている。
そんな想いを、背中に乗っかる重みに馳せながら大井競バ場駅へ向かうのであった。
umajuke3(human optimized mix) / LIL YOPPY